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福岡高等裁判所 昭和35年(ラ)117号 決定 1960年10月28日

抗告人 逢坂茂

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告理由は別紙記載のとおりである。

第一点について。

競売法第二九条第一項により準用せられる民事訴訟法第六五八条の規定により、競売期日の公告に競売不動産に賃貸借あるときはその賃貸借の期限、借賃、敷金等を掲記するを要するものとしたのは該賃貸借が抵当権者従つて競落人に対抗し得るものであるとき、若し競落人において右のような賃貸借のあることを知らないで競落した場合には不測の損害を蒙ることあるべく、従つて競落人にこれらの事項を予め了知させておく必要があると同時に、競買人においてその申出価額を決定するについて一資料たらしめようとするにあるものと解される。従つて競売不動産にかような賃貸借があるにかかわらず競売期日の公告に該賃貸借に関する記載を欠いたとしても、右記載の欠缺について債権者及び競落人に異議がない以上は、これがため債務者に対し損害を及ぼしたと認められる特段の事情のない限り、債務者は右記載の欠缺を理由として競落につき異議又は抗告をなす利益を有しないものといわなければならない。本件において福岡地方裁判所執行吏梅丸守作成の昭和三五年二月一九日付不動産賃貸借取調報告書によると、本件競売不動産中、建物についてはその一部である表店舗に期間昭和三〇年一〇月より二〇年間、借賃月一、〇〇〇円、敷金なし、賃借人田代スミエとする賃貸借のあることが認められる。然るところ、原裁判所がなした昭和三五年四月一九日午前一〇時を競売期日とする本件競売及び競落期日の公告には右建物について前記賃貸借を掲載していないことは明らかであるから右賃貸借が抗告人主張のように抵当権者従つて競落人に対抗し得るものであるときは、右公告は前記法条に違背するものである。しかし右建物を含む本件競売不動産の競落人は本件競売申立債権者である二瀬信用組合であつて、同組合作成の昭和三五年四月二二日付上申書の記載によると、本件競売建物に賃貸借があるとしても同組合においてはこれについて異議がないことが明らかであつて、しかも右公告の記載の欠缺により抗告人に損害を及ぼしたような特段の事情の認むべき資料がない以上、債務者たる抗告人は本件競落許可決定に対し抗告をなす利益を有しないから、抗告人の右理由は採用し難い。)

第二点について。

記録によると、本件昭和三五年四月一九日の競売期日の公告には「租税その他の公課」とある欄に、本件競売不動産の宅地及び建物についてそれぞれ昭和三四年の固定資産税を掲記していること、そして右は本件競売申立に際し債権者が提出した昭和三五年二月二日付二瀬町長の証明書に記載されている昭和三四年度の本件競売不動産の公課金額によつたものであることが認められるから、右公告には抗告人主張のような違法はない。

第三点について。

本件競売期日に競落人である二瀬信用組合の事務員が本件競売不動産を競落したものであるという抗告人の主張事実についてはこれを認め得る証拠はない。却つて本件昭和三五年四月一九日の不動産競売調書によると、右信用組合の代表理事内田嘉一が右不動産を競落したものであることが認められるから、抗告人の右主張も採用し得ない。

第四点について。

二瀬信用組合は信用金庫法による法人であるが、信用組合が自己の債権回収の必要上担保不動産を自ら競落することは、信用金庫法に定むる信用組合の業務を遂行するに必要な行為であつて、信用組合の目的の範囲内の行為であること明らかであるから、抗告人の主張は理由がない。

第五点及び第六点について。

本件競売申立債権は申立債権者と抗告人との間に締結された手形取引に関する契約に基いて右申立債権者が抗告人に対して有する債権であるが、本件記録中の手形取引約定書及び根抵当権設定契約書によると、抗告人は昭和三二年五月六日債権者との間に抗告人が右債権者に対し負担する現在及び将来の手形債務その他一切の債務について元本極度額一〇〇万円とする手形取引に関する契約を締結し右契約に基いて生ずる抗告人の債務を担保するため本件根抵当権を設定したものであつて、抗告人は右契約に基き債権者に対し将来負担する保証債務についても本件抵当権をもつて担保することを約したものであることが認められる。そして抗告人主張の額面金二六五、〇〇〇円及び額面金三〇万円の二通の約束手形については、抗告人はこれらの手形の振出と同時に振出人のため手形保証をなしたことは、記録に編綴する該約束手形の写によつてこれを認めることができる。それ故これらの保証債務も本件根抵当権によつて担保せらるること明らかであつて、この点に関する抗告人の主張は採用の限りでない。

又、競売裁判所が競落期日を変更した場合には単に利害関係人にその旨通知するをもつて足り新競落期日を公告することを要しないものと解するを相当とする。記録によると、原裁判所は昭和三五年四月二二日午前一〇時の競落期日において次回期日を同月二五日午前一〇時に延期し、右新競落期日を利害関係人に通知したことが明らかであるから、原裁判所が右新競落期日を公告しなかつたことについてはなんら違法はない。

その他記録を精査するも原決定を取消さねばならぬ理由はない。

よつて本件抗告は理由がないから、民事訴訟法第八九条に従い、主文のとおり決定する。

(裁判官 竹下利之右衛門 小西信三 岩崎光次)

抗告の理由

第一点本件に関する昭和三五年三月二八日附の競売期日の公告によれば本件物件中家屋に対する賃貸借の記載が全然ない。然れども記録中執行吏梅丸守が昭和三五年二月一九日作成した賃貸借取調書によれば本件家屋には昭和三〇年一〇月から向う二〇ケ年賃料月千円賃借人田代スミエに対し賃貸借ある旨の報告がしてある。而して記録中相手方は右賃貸借は競落人に対抗出来ない旨の上申書を出してあるが

(イ) 本件根抵当権設定は昭和三二年五月七日に登記しあり賃貸借はその前たる三〇年一〇月であるから抵当権者に対抗出来る。

(ロ) ましていはんや御庁第二民事部の決定によれば抵当権設定後の賃貸借と雖も借家法並に民法六百二条の関係上一定の制限の上抵当権者に対抗出来る旨の決定あり右は尊重すべき決定である。

以上の理由により本件競売期日の公告は無効なるによりその競落は許すべきでない。

第二点本件競売期日公告には競売法により準用せらるる民事訴訟法第六百五十八条第二号の租税其他の公課の記載なく只慢然として固定資産税四千七百円の記載があるのみである。右は記録中の石田久三郎が二瀬町長三浦末松に昭和三五年二月二日申請した証明書に基いたものと思料する。然れども一定の不動産に対しては固定資産税の外県税及び町村民税があり之を本件に見れば公告に固定資産税とあるは租税に該当し其他の公課たる町村民税は全然記載ないのである右は競売法違反の公告であることは明らかであつてその競落は許すべきでない。

第三点執行吏作成昭和三五年四月一九日の競売調書によれば

(イ) 本件不動産は相手方が競落しておる。

(ロ) 右競落の方法は相手方代表者は競落場に来たらず事務員が来て相手方名義で競買をなしておる。

(ハ) 競売調書によれば右に反し相手方代表者本人が出頭し競落をなしたことになつておる。

然れども事実事務員が来て競落をなしたのであるから相手方代表者がその委任状を事務員に交付し右は記録に添附し執行吏は調書作成の際その旨を調書上記載せねばならぬのに右の記載がないから本件競売調書は無効であつて右に基く競落は許すべきでない。

第四点又右調書によれば相手方本人が競落をなし競売裁判所は右に基き競落許可決定を与えておる。然れども相手方組合は信用金庫法により総べての行為をせねばならぬ。而して信用金庫法第五三条によれば相手方が不動産の競落をなす等のことは全然許されてない又同法第一条の精神から見て不動産の競落権はないものと云はねばならぬ。果して然らば本件の相手方に対する競落は許すべきものに非ずと思料します。

第五点記録によれば抗告人は昭和三五年四月二二日附不動産競落許可についての異議の申立書なる書面を提出しておる。又本書面に本人の主張を明らかにした書面を提出しておる、而して右の異議理由を本件の抗告理由としますがその要点は本件につき相手方が有すと称する債権二十六万五千円の約束手形、三十万円の約束手形は本件の根抵当権の担保する債権には該当せずと云うのであります、果して然らば本件に関する昭和三五年二月二日の競売手続開始決定は無効にして右決定の送達によりては本件不動産に対し差押の効力が生じないからその競落は許すべきでないと思料する。

第六点

一、この任意競売は前記当事者間の根抵当権設定約定書に基き債権者の申立により競売に付されたものであるが、その契約の基本契約から生ずる一切の債務を担保する限りにおいて本件根抵当権の設定契約は有効であることはいうまでもないが、当該債務者との取引契約に基かないで発生するいわば偶然的な債権をも担保せしめようとすることは無理である。例えば債務者に対する第三者の債権を不特定の第三者から譲り受けた場合の譲受債権とか、債務者の振出に係る手形が転々流通し、その所持人たる不特定の第三者に対して根抵当権者が割引をした場合の振出人に対する手形債権の如き、又は債務者が将来根抵当権者と取引する不特定の第三者のために保証人となつた場合のこの保証債務とか或は不法行為による損害賠償債権のごとき、債務者との本来の取引に基かない債権をも担保せしめんとすることは出来ない。

一、設定契約にいう「保証」に関する債務というのは、債務者が第三者の債務について債権者に対し、保証した場合の債務の負う保証債務をいうのであろうが保証契約は主債務者(第三者)が特定し、主債務の存在を前提としてなされるものであつて(保証債務の附従性)主たる債務が存在しないときに保証契約がなされても保証債務は成立しない、保証契約締結の際主たる債務が特定していることが必要である。ところが本契約の場合は主債務者が不特定であつて将来保証契約がなされた場合の保証債務を担保する趣旨のようであるから初担保債権の発生原因たる基本契約(この場合は保証契約)が存在しないものとして、抽象的な保証債務を担保する部分は無効と解せざるを得ないから、本件申立人(債務者)の主債務でない保証債務に対して為された競売開始決定は違法たるを免れない。依つて該開始決定は取消さるべきものである。

一、昭和三五年三月二八日附の競売及び競落期日公告の競落期日は昭和三五年四月二二日であつたが同日職権により昭和三五年四月二五日と変更された。処が其旨の公告をなさずに競落許可決定をなしたるは失当なり。依つて該決定は取消さるべきものである。

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